茂原の街を歩いていると、ときどき「なんでこんなところに、こんな立派な道路を造っているんだ?」と思う場所がある。
最近、その長年の疑問が一つにつながった。
きっかけは、茂原七夕まつりのメイン会場として使われてきた、いわゆる「フェスタ21会場」の土地に、新しい病院が計画されていることだった。
フェスタ21会場跡地に菅原病院系の新施設
この話、最初は知人から聞いたものだった。
現在、茂原駅のすぐ近くにある菅原病院が、フェスタ21会場として使われてきた市有地に、新たな救急対応の病院を造るらしいという話だ。
調べてみると、これは単なる地元の噂ではなかった。
茂原市は、茂原駅前通り地区土地区画整理事業区域内にある約2,588平方メートルの市有地について、公募型プロポーザルを実施し、菅原病院を運営する「医療法人社団 貴志会」を優先交渉権者に選定している。土地は最長30年間貸し付ける計画で、2027年4月1日の引き渡しが予定されている。
さらに茂原市側は、市民との意見交換の場で、この場所についてかなり具体的な説明をしている。
現在の菅原病院が救急医療に力を入れていることを踏まえ、この新しい場所についても「救急に特化したもの」を進めたいとの話を病院側から聞いているという。公立長生病院や東千葉メディカルセンターなどとの連携も視野に入れているようだ。
現在の菅原病院自身も、すでに輪番制の二次救急病院である。
つまり、これは単なる病院の建て替えというより、茂原駅周辺の救急医療体制そのものに関係する計画と考えた方がよさそうだ。
でも、あそこに救急病院を造れるのか?
ここで地元民として最初に引っかかった。
フェスタ21会場周辺を知っている人なら分かると思うが、昔からある道路は決して広くない。
細い道も多いし、一方通行もある。
救急病院を造れば、救急車だけではない。
患者の車、家族の送迎、職員の車、タクシー、納品業者など、今とは比較にならない交通が発生する。
「あの道路のままで本当に大丈夫なのか?」
私は最初、茂原小学校や消防署のある国道128号側から、何らかの形で道路を拡幅して病院予定地へつなげるのではないかと考えた。
ところが、散歩しながら考えているうちに気がついた。
逆だった。
七夕の日に歩いた「妙に太い道」
2026年の茂原七夕まつりの時、私は最初、会場を勘違いしてアスモの駐車場へ行ってしまった。
ところが真っ暗。
調べ直して、フェスタ21会場へ慌てて歩いて向かった。
そのとき私は、自宅側からではなく、茂原駅の裏側方面を通って会場へ向かった。
すると途中に、
「ここ、なんでこんなに道路が立派なんだ?」
と思うような区間がいくつもあった。
昔から車が走っている道路とは明らかに違う。
道幅が広く、直線的で、歩いてみると従来の道路を使うよりかなりショートカットできる。
しかも、その立派な道路が一本きれいにつながっているわけではない。
太い新道が突然現れたと思ったら途切れ、少し先へ行くとまた新しい道路が現れる。
当時は意味が分からなかった。
ところが新病院の話を重ねた瞬間、これが一本につながった。
道路は完成した場所から造られていた
茂原市は以前から「茂原駅前通り地区土地区画整理事業」を進めており、その中で都市計画道路「高師町下井戸線」を優先的に整備している。
市議会の報告を見ると、この道路については建物移転を進めながら整備しており、2025年度中に区域内の建物移転を完了させ、埋設管管理者や警察との協議を進め、2027年度末の開通を目指していることが分かる。
さらに過去の市議会資料を見ると、
「用地取得できたところから工事を進める」
という道路整備が実際に行われている。
ここでようやく理解した。
都市計画道路というものは、最初から端から端まで一直線に工事できるわけではない。
途中には住宅や店舗や土地所有者がいる。
用地買収、建物移転、補償、地下埋設物、警察との協議などを一つずつ片付けなければならない。
だから、
土地を確保できた区間から道路を造る。
その結果、工事途中では、
「何のためにここだけ太い道路があるんだ?」
という不思議な景色になる。
七夕の日に私が歩いたあの道は、まさにそれだったのではないか。
新病院と道路整備の時期が重なる
ここでもう一つ面白い。
新病院予定地となる市有地の引き渡しは2027年4月1日の予定。
一方、高師町下井戸線は2027年度末の開通を目標としている。
もちろん、この二つが「救急病院のために完全に連動している」と公表されているわけではない。
しかし、地元を実際に歩いて道路の位置を知っている人間から見ると、かなり興味深い一致に見える。
新病院予定地の周辺には茂原小学校があり、その近くには消防署もある。
国道128号もある。
そして既存の細い商店街道路とは別に、駅裏側には広い新設道路が断続的に出来上がっている。
将来これらがつながれば、救急車や一般車両を昔からの細い道路だけに集中させず、新しい道路網へ流すことができる。
私が七夕の日に歩いて「ずいぶん近道だな」と感じた経路が、将来的には車でも使える主要動線になるのかもしれない。
ここは今後、実際にもう一度歩いて確認してみたい。
病院を造るだけではなく「街の骨格」を変えているのではないか
私は以前から、地方都市を立て直す時には、まず病院が非常に重要だと思っている。
病院ができれば、患者だけが来るわけではない。
医師、看護師、医療従事者、職員、患者の家族、救急車、タクシー、薬局、介護、飲食など、多くの人と仕事が集まる。
そして病院を成立させるためには道路も必要になる。
道路ができれば、その周辺の土地利用まで変わる。
今回の計画を見ていると、
病院を一棟建てる
という話ではなく、
病院を核として、道路と土地利用を少しずつ組み替えている
ようにも見える。
茂原市自身も、高師町下井戸線の早期完成によって区域内外の来客者・通行者を増やし、土地利用の活性化につなげたいという考えを以前から示している。
そう考えると、七夕の日に偶然歩いた「意味不明な太い道路」は、まだ完成図が見えていなかっただけなのかもしれない。
地元を歩いていると、行政資料だけでは見えないものがある
今回面白かったのは、資料を読んだだけではなく、
「以前、自分が実際にそこを歩いていた」
ことだった。
道路工事だけを見れば意味が分からない。
新病院計画だけを聞けば「道路、大丈夫なのか?」となる。
都市計画資料だけ読んでも、地元の距離感までは分からない。
ところが、
実際に歩いた記憶
+新病院計画
+都市計画道路
+消防署や国道の位置
を重ねると、突然街の形が見えてくる。
まだ私自身の推測を含む部分も多い。
だからこそ今後、市議会の傍聴や都市計画資料、そして実際の現地確認を続けてみたいと思っている。
長年住んでいる街でも、「もう知っている」と思った瞬間に見えなくなる。
茂原は衰退している地方都市だと、私自身ここ数年かなり諦めていた。
しかし最近、改めて歩き、調べ、歴史や街の構造を考えてみると、
実は今、かなり大きな変化の途中にいるのではないか。
そんな気がしてきた。
何年後かに道路が一本につながった時、
「ああ、あの時七夕の日に歩いた道は、これだったのか」
と答え合わせできたら面白い。
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